旦那の両親と完全同居生活でアレルギー姉妹を育てる私

未熟児・牛乳アレルギー・アトピー・小児喘息の5歳差アレルギー姉妹を通して食事や生活環境の見直しを行いました。さらに巷では珍しい旦那の両親と完全同居している3世代家族の中での同居の悩みや育児の悩みや解消法を書き綴っていきたいと思います。

粘膜下筋腫を持ちながら流産後に妊娠して無事出産できた

流産の経験はとても悲しく辛くてやりきれなかったのですがここでずっと止まっておくわけにもいかないのでゆっくりですが前を向いて歩くようにしました。

 

しばらくは頭が真っ白でしたが旦那と話あって結果は残念だったけど粘膜下筋腫を持ちながら妊娠できたのだからもう一度頑張ってみようという事になりました。

 

頑張ればなんとかなるんだという1つの結果が出た事が私達には大きかったです。

頭ではわかっていても妊娠が継続できなかった事実が時々よみがえり辛くなる事もありました。

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流産後の妊娠は本当にうれしい

でもどうしても赤ちゃんが欲しかったので前回も飲んでいたザクロの滴は継続して飲みました。

 

年末は辛かったのですが年が明けてすぐに妊娠が発覚し検査薬の陽性反応を見た時は本当にうれしくまたスタートラインに立てたような気持ちになりちょっと涙が出ました。

 

流産からの経過を言うと2007年の11月5日に6週3日で自然流産したのですが翌年2008年1月12日に再度妊娠することができました。

 

ただし前回胎嚢が確認できる前に腹痛など普通ではない症状があったので慎重に慎重に過ごしました。

 

病院へ行き診察してもらい胎嚢が確認できた時はモニターを見ながら涙が出ました。

前回の事があったので普通の妊婦さんよりも感動できたのかもしれません。

 

心拍が確認できるまでは周りに言わない方が良いと聞いていたのでこの時点ではまだ旦那にしか報告はしていませんでした。

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妊娠報告は心拍が確認できてから

胎嚢が確認できると次は心拍の確認がポイントになります。

これが確認できると流産の確率がグンと減るらしくそこまでは気が気ではありませんでした。

 

診察で心拍が確認できた時に「親族に報告しても良いですよ」と主治医に言われました。

 

初期の流産というのは医者でも止める事ができないそうで大量に出血した時に「入院して妊娠を継続できるなら今すぐ入院してもらうんだけど無理なんだ」と力なく言われた時は辛かったけど妙に納得できました。

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妊娠しても辛いことはある

あの時はとてもつらい経験をしたけど妊娠したら出産できるんだ赤ちゃんに会えるんだという図式は私の中で崩れていたので今となっては子どもを大事に育てる命の大切さを知る良い経験になったのかもしれません。

 

妊娠中はつわりが辛く何度も吐き横になっても気分が悪く辛くてどうにかなりそうでした。

 

気休めにテレビをつけていましたが途中で吐いてしまうとそのテレビ番組を見るとまた吐くのではという変なジンクスができてしまいました。

 

妊婦健診へ行く時も吐き気が酷い時が多く診察中に戻してしまったらどうしようとかそんな心配ばかりしていました。

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逆子が治らず帝王切開で出産

赤ちゃんは順調に育っていたのですが28週の時に骨盤位の矯正指示が出ました。

 

逆子を治す体操やウテメリンという薬を飲みましたが一向に治らず結局普通分娩は危険という判断で帝王切開にしますと診察時に言われ予約をとりました。

 

39週で帝王切開をする予定となっていたのですが37週でおしるしと呼ばれるような少量の出血があり診察してもらうと赤ちゃんの足に触れたようで本日赤ちゃんを産みましょうという事になりました。

 

32週ごろから赤ちゃんの体重増加が少なかったので37週で産む事に不安があったのですが出産してみると2500グラム弱だったので病院の中では1番小さい赤ちゃんでしたが呼吸もしっかりしていたので保育器にも入る事なく私の体力が回復した入院8日目に退院する事ができました。